不毛な出来事と神の采配
どうすれば自分からみて価値がないと思うこと、
無駄なことをストレスなくやることができるのだろう。
やらないですむならそれに越したことはないが、
業務上やらざるを得ないようなとき。
誰かのためになっているのならまだ救われるけれど、
結局誰のためにもなっていないと思い知らされるとき。
ああ、不毛だ。
そんなときはこう考えてみる。
自分にとって価値がない、
誰のためにもなっていない、
そう思っているのは自分自身。
価値があるかどうか、
誰かのためになっているかどうかなんて、
おまえにはわからない。
人間にはわからない。
私たちの考えも及ばないような次元で、
神の計らいによってその出来事が存在する。
そこにあるという時点でそれは価値があるということ。
価値がないと決めつける自分。
誰のためにもなっていないと決めつける自分。
無駄だと決めつける自分。
そう決めつける自分とは何者だ。
不毛だとストレスを感じるのであれば、
その理由を心の奥深く探ってみる。
なぜ価値がないと思うのか。
なぜ無駄だと思うのか。
たいていそこには自分自身の課題が潜んでいる。
乗り越えるべき課題。
そう。
その課題に取り組むために、その不毛な出来事が目の前に現れる。
それは神からのギフトでありメッセージ。
さて。
不毛だと思う気持ちをいったん棚上げし、
その奥にある課題を見つめよう。
そこから新たな世界が見えてくるはず。











