美しくない「自己犠牲」は今すぐ手放そう

コミュニケーション

こんにちは。じんびです。

今日は多くの人が陥りがちな自己犠牲の罠についてお話しします。

自己犠牲と聞いてどのような印象を持つでしょうか。
自分を犠牲にして他人を助ける崇高で美しい精神?
それとも自虐的でネガティブな印象?

誰かが危険な目に遭っているのをみて、自分の命も顧みず救助したとか、
恵まれない子供たちのために、我が身を捧げて援助し続けたとか、
とっても崇高で美しいお話があります。

人間とはここまで人のために尽くすことができるのかと心が熱くなります。

しかし、あまり美しくない自己犠牲の姿もあります。
シチュエーションによってさまざまだと思いますが、
常に「自分さえ我慢すれば」と考えている人はちょっと要注意です。

わたしもその傾向があるので自戒を込めて言っているのですが、
自分さえ我慢すれば、という気持ちは、「自分さえ」といいながら、
結局周りの人をも幸せにしません。

あなたが「自分さえ我慢すれば」と思うときってどんなときですか。
何か言いたいことがあるのに言えなくて、
いやな気持ちになっているときではないでしょうか。

言いたいことがあるけれど、これくらいのことで誰かと揉めるくらいなら
自分が我慢すればいい、とか
他の人に嫌な思いをさせるくらいなら自分が我慢すればいい、とか
あるいは自分を犠牲にした方が楽だから、という人もいるかもしれません。

それを心から納得してできればいいのですが、
やはり「我慢」という気持ちがある限り、
「どうして私だけが」と不満に感じてしまいます。

そういう気持ちはたいがい相手に伝わるものです。
不満そうだったり不機嫌そうだったり、
表情や雰囲気に出ていると、当然相手は気にしますし、
たとえ顔や態度に出していなくても、
相手は無意識にそういう情報をキャッチします。

すると、相手はなぜだかわからないけれど、嫌な気持ちになります。
それが何度も繰り返されると、相手はあなた自身に
ネガティブな印象を持つようになります。

あの人と一緒にいるとなぜか嫌な気持ちになる
  ↓
あの人とあまり一緒にいたくないな

そうして気がついたらあなたの周りに人がいなくなっています。

あるいは、あなたの自己犠牲につけ込み、
利用しようとするばかり集まってきてしまいます。

でも、
「自分さえ我慢すれば」という考え方って、
なかなか手放すことができないんですよね。

そういう考え方が癖になってしまっているのです。

だからこそ、自戒の念も込めて強く言います。
そんな考え方は今すぐ手放してしまいましょう。

だいたい自己犠牲が癖になっている人は、
「いい人」が多いので、
「もっと自分を大事にしましょう」などと言ってもあまり響きませんね。

自分に犠牲を強いることで、周りの人を不幸にしていると知れば、
そんなことはすぐにやめなきゃ、と思うのではないでしょうか。

まず、自分は言いたいことを言わずに、
あるいは言えずにその場を納めるというのは、
あまり誠実な態度ではありません。

もし相手に直すべきところがあるのであれば、
それは指摘してあげるのがその人のためです。
「自分が我慢する」という考えから、
「相手のために言うべきことを言う」と方向転換してはどうでしょうか。

それからもうひとつ。
とても大切な視点があります

自分を犠牲にする態度は、周りの人のことを考えているようで、
実は周りの人からエネルギーを奪う行為なのです。

前にエネルギーを奪う行動パターンについて書きました。

無意識にやってしまうエネルギーを奪う行動パターン

この「自分さえ」という考え方も周りからエネルギーを奪う行動パターンのひとつです。
自分を犠牲にして、被害者という役割を演じ、
それにより周りの気を引こうとしているのです。

「私はこんなに我慢をして頑張っているのだから、もっと認めて欲しい」

そんなふうに無意識に周りからの承認を求めています。
もちろん無意識なので本人は気づいていません。
ただ人のために自分を犠牲にして我慢していると思っているのです。
しかし、その奥には承認欲求が隠れていることが多かったりします。

自分が我慢することで、自分だけでなく、周りも不幸にしているのかも。

そう思えば、自己犠牲という名の承認欲求を
今すぐ手放したくなるのではないでしょうか。