才能が発揮できるかどうかは環境次第

自己理解

こんにちは。じんびです。

昨日は、人は誰しも特別な才能を持っている、
そしてその才能はわかりやすい形で存在するとは限らない、
という記事を書きました。

才能を磨かないのは「罪」ですよ!

その才能が、周りに認められ、役に立つと思われるものであれば、
本人も自分の得意なことと認識できるでしょうし、
それを伸ばすことに喜びを感じるでしょう。

しかし、もしその才能が、
その時代、その社会に合わない性質だったとしたら、
それは欠点と捉えられがちです。

スーザン・ケイン著「内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える」によると
内向性は「内気」や「恥ずかしがり」と混同され、
積極性が求められる欧米の社会ではネガティブに捉えられがちですが、

一方、謙虚さや物静かな性質が美点とされるアジアの国々では、
高く評価されるということです。

自己主張が強く、他人と違う意見をゴリゴリ主張する人は、
欧米では評価されるかもしれませんが、
日本では扱いにくい人として敬遠されるのではないでしょうか。

どちらが良いとか悪いとかではありません。
同じ性質でも、文化や環境が変われば発揮される能力や周りからの評価も変わります。
長所にも短所にもなりうるということですね。

だとすれば、自分では欠点だと思っていることでも、
見方を変えれば素晴らしい強みになることもあり得ます。

反対に、ある環境では強みだったことが、
別の環境では弱みになることもあります。

つまり、自分の強みが活かされるのは、
どのような環境、どのような状況なのかを理解することは、
才能を発揮する上で非常に大事なことです。

私も超内向的な人間のひとりとして、
前述のスーザン・ケインの本はとても参考になりました。

あ、内向的・外向的という言葉も誤解されて使われている場合が多いです。
定義はいろいろあるのですが、「内気」や「消極的」というのとは違う概念です。
社交性と混同されることもありますね。
でも内向的で社交的な人もいますし、外向的で非社交的な人もいます。

ユングの定義では、内向的・外向的というのは、
興味関心が内側に向かうか外側に向かうかを表しています。

内向的な人は、自分の内側の世界、主観的な世界に関心を示します。
外向的な人は、自分の外側の世界、外部で起こっていることに関心を示します。

内向的な人は一人で静かに過ごすことでエネルギーを回復します。
外向的な人は人と会って話をすることでエネルギーを回復します。

内向的・外向的ひとつをとっても、これだけ違いがあります。
私たちそれぞれが持つ性質は千差万別になるでしょう。

それぞれが自分に合った環境を把握し、
完全には無理だとしても、少しでも近づけることで、
才能も発揮しやすくなります。

今の環境は、あなたの才能を十分に発揮できるものでしょうか。
もしそうでないなら、どんなことが障害になっているでしょうか。
どうすればもっと才能を発揮できるでしょうか。

そんなことを少し考えてみてはいかがでしょうか。