才能を磨かないのは「罪」ですよ!

自己理解

こんにちは。じんびです。

今日は才能を磨くということについてお話しします。

人は誰でもその人ならではの才能や魅力を持っています。
そういうと、「いや私には何の才能もないです」
とおっしゃる方がいらっしゃるのですが、 そんなことはありません。

ただ才能を発揮できていないだけです。

「才能」というと何か特別なものに思えるかもしれませんが、
素晴らしい芸術作品を生み出したり、
勉強しないで東大に合格したり、
オリンピックで金メダルを取ったり、
そういうことだけが「才能」ではないのです。

ここで例に挙げたものは、ある意味わかりやすい才能です。
芸術や学問やスポーツで常人にはなしえない特別なことができる人たち。

しかし、私たちの才能の多くは、
もっとわかりにくかったり微妙だったりします。
それでも明らかに他人より秀でた感覚を持っている分野があります。

たとえば子供の頃、
他の教科の成績はぱっとしないのに数学だけめちゃくちゃできる子とか、
山手線の駅名を全部順番に言える子とか、
どんなにいたずらをしても笑って許される子とか、
クラスにいなかったでしょうか。

そういう他の人にはない特徴は、その人の才能に関係しています。

あるいは大人になって、
まだ出会って日の浅い知人と話していて、
今まで誰にも話したことがない悩みをつい打ち明けてしまったとか、
仕事で失敗して落ち込んでいるときに、
先輩が声をかけてくれて一気にやる気が復活したとか、
そんな経験はないでしょうか。

聞き上手の知人はきっと人を安心させる才能があるのでしょう。
相手に「この人になら打ち明けても大丈夫」と思わせることができる人です。

仕事の先輩はきっと人を鼓舞する才能があるのでしょう。
ちょっと声をかけるだけで周りの人のやる気を引き出すことができる人です。

これらは一見わかりにくいかもしれませんが、
その人が持っている才能といえます。
そしてその才能を発揮し、あなたを助けてくれたのです。

才能とは、世界に役立てるためにひとりひとりが天から与えられたものです。
その与えられた才能を使わないのは罪なのです。
あなたが才能を発揮するのを待っている人がいるはずです。

「私には才能がないから・・」

そうやって言い訳をして逃げていたら
あなたが助けられる誰かを見捨てることになりかねません。
才能とは、与えられたものであると同時に、自分で磨くものでもあるのです。
努力して磨き続けないといけません。

才能には先天的なものと後天的なものがあります。
持って生まれたものもありますが、
後天的に磨くことができる才能もあります。

それをやりたいという気持ちがあるということは才能があるということです。
いくらでも後天的に身につけることができるのです。

そんなこと言ったって、今からプロ野球選手になるのは無理でしょ。
そう思われるかもしれません。

確かに、プロ野球選手になるとか、
オリンピックで金メダルを取るとかを目標にした場合、
一握りの人にしか達成することができないでしょう。

しかし、何を目標とするのかは人によって違います。
その才能を通して何を実現したいのかを考えてみてください。

オリンピックに出なくても人々を勇気づけることはできるし、
プロ野球選手でなくてもスポーツの楽しさを伝えることはできるでしょう。

一番になるとか有名になるとかそういうことでなく、
その分野であなたが世界に役立てる何かがあるはずです。

もう一度言います。

自分の才能を発揮しないのは「罪」なのです。
「私なんて・・」と自己卑下のセリフを言っている暇があったら、
さっさと才能を磨いて世界のために使いましょうよ!