自分を理解し、理解した自分を超えてみる
こんにちは。じんびです。
私は子供の頃からどこか人と違っているという感覚があり、
そのために性格分析や心理テストなどに興味がありました。
しかし、どれも当たっているような、違っているような、
今ひとつ腑に落ちない感じがしていました。
キャリア開発の仕事をするようになって、自己分析のためのさまざまや理論やツールを学んでいくうちに、なぜ当たっていると感じることもあれば、しっくりこない感じがすることもあるのかもわかってきました。
そもそも、当たる、当たらないというものでもないのですけどね。
性格分析や適性診断、心理テストなど、アセスメントと呼ばれる診断ツールは、その人のパーソナリティのどの部分をどんな切り口で見ているのかによってさまざまな種類があります。
私たちのパーソナリティは、よくタマネギもしくは氷山に例えられます。
パーソナリティはタマネギのようにいくつもの層になっていて、最も変わらない本質の部分が中央にあり、一番外側には表面上に現れる特質があります。
タマネギの皮をむくように層をむいていくと、だんだん本質に近い性質が出てくるというイメージです。
あるいは氷山でいうと、海に浮かぶ氷山は、海面上に見えるのはごく一部で、その何倍もの体積が海の下に存在します。
海上に浮かんでいるのが表面的にあらわれる性格で、下に行けば行くほど、変わりにくい本質の部分があるというたとえです。
アセスメントでは、タマネギの中心なのか外側なのか、氷山の見えている部分なのか、水面のすぐ下の部分なのか、どのエリアをダーゲットにしているかが重要で、目的によって使い分ける必要があります。
また、アセスメントは心理学等の理論をもとに、膨大な数のデータを統計的に処理して作成します。
そのため信頼性は高いのですが、回答は自己申告によるため、自分では自覚していない部分まではあぶり出せないこともあります。
本来の自分ではなく、ありたい自分の姿を答えてしまう人もいます。
そういういくつかの理由から、当てはまると思うこともあれば、しっくりこないと感じることもあるのです。
あくまで参考として活用するのがよいでしょう。
私自身はアセスメントをはじめ、
いろいろな自己分析手法をためしたことで自己理解が深まり、
同時に他者理解も進んだことで生きるのが楽になりました。
「どうして私はこうなんだろう」と悩んでいたことも、
自分の性格や傾向を知ることで理由がわかるようになったり、
他者との違いを知ることで、自分を受け入れることができるようになったりしました。
そうした自分の経験からも、自己理解はとても重要だと思っています。
でも、それが行き過ぎてしまうと、「私はこんな人間だ」「私の性格はこうだ」と決めつけてしまうことになりかねません。
また、人のことも「あの人はああいうタイプだから」とステレオタイプに当てはめてしまいがちです。
しかし私たちはもっともっと深く複雑な存在です。
矛盾する2つの性格が同時に共存することもありえるのです。
また、自分について決めつけることは自分の限界を設定することでもあります。
「私って内向的だから人付き合いは苦手なんです」って単なる思い込み、あるいは言い訳でしょ。
(じんび、あんたに言ってるの!)
はいはい。
人は多面的な存在。私の中にも人付き合いが得意な部分があるはず。
そうやって、自己理解を深めつつ、理解した自己を超えてみる。
まったく違う自分を見つけてみる。
そういう試みがまた新たな自分の発見につながります。
人は日々成長し、昨日と同じ自分はどこにもいないのだから。
日々新しい自分に生まれ変わっていると思えば、自分探しでさまよう必要もなくなりますね。











