永遠に不安や心配から解放される「理由のない幸せ」とは

学び, 幸せ力

こんにちは。じんびです。

「幸せ」にはいくつかの段階があります。
より高次な幸せほど長く持続し、 安定しています。

それらの幸せの段階の中でも大きな隔たりがあるのが、「条件付きの幸せ」と「条件のない幸せ」です。
あるいは、「理由のある幸せ」と「理由のない幸せ」といってもいいでしょう。

理由のある幸せとは、
「素敵な恋人がいるから幸せ」とか、
「いい仕事に就けたから幸せ」とか、
「お金があるから幸せ」とか、
何かがあるから幸せというものです。

こういう幸せは、その理由であるものや人や状況がなくなったら幸せでなくなってしまいます。

一方「理由のない幸せ」は、何かがあるから幸せなのではなく、何もなくても自ら幸せになれる状態をいいます。
幸せが自分の中から湧き上がってくるような状態です。

私は10代から20代にかけて、とっても不幸でした。
自分は神様が作った失敗作なのだ、
ずっとそう思っていました。

苦しくて苦しくて、毎日が苦痛で、
早く人生を終わらせたいとさえ思っていました。

その苦しみの理由を知りたくて、もがいていました。

親との関係が悪かったのか。
子供の頃、何か大きなトラウマがあったのか。

でもどこにも原因が見つかりませんでした。
ごく普通の家庭でごく普通の親の元で育ち、ごく普通の人生を送ってきました。
不幸である理由などなかったのです。

それなのに私は間違いなく不幸でした。
理由も分からず、抜け出す方法も分からず、絶望の中で「助けてください」と神様にすがったこともありました。

そしてようやく気づいたのです。
私は不幸でいることを自分で選んでいたのだと。
人は何か理由があるから不幸なのではなく、そのときの心の状態を自分で選択しているのだと。

昔読んだある精神科医が書いた本のなかに、

「何もなくても幸せを感じているのが普通の人間の心の状態だ」

というようなことが書いてありました。

それを読んだとき、私にはとうてい信じられませんでした。
そのときの私はデフォルトの状態が「不幸」でしたから、「何もなくても幸せな人なんているはずないでしょ、そんなのありえない」とさえ思っていました。

その後、師匠の一人から

「家族も友人もいない、お金もない、仕事もクビになった。あなたには何も残っていない。それでも幸せでいられるのが本当の幸せだ」

と言われました。

そのときもまだそういう状態が想像できませんでしたが、これらのフレーズは私に強烈な印象を残しました。

そして、ある日。
私はすべてを悟りました。

私が「理由のない不幸」に苦しむ経験をしていたのは、「理由のない幸せ」を知るためだったのだと。

そのとき私の世界が反転しました。
私の中の 「理由のない不幸」は一瞬で 「理由のない幸せ」に変わったのです。

私は不幸でかわいそうな自分というアイデンティティにしがみつき、自分自身で不幸でいることを選び続けていたのです。
とにかく不幸でいることを選び、 理由なんてどうでもよかったのです。

だったら、幸せだって選ぶことができるじゃないか。
どうせ理由がないんだったら、不幸より幸せを選べばいい。

いつのまにか、今まで苦しんでいた理由のない不幸は彼方に消えていきました。

二度と朝が来ないのではないかと、絶望のなかで一睡も出来なかった夜。
それでも朝は来た。
あのときの朝日の光のように、私の人生に差し込んだ光でした。

それ以来、私は理由もなく幸せになれるようになりました。
もちろん落ち込むことや嫌な気分になることはありますが、すぐに自分を立て直せます。
それに、「この先何が起こっても大丈夫だ」と思えるようになりました。

不安や心配がほとんどなくなったのです。
何があっても自分で自分を立て直せると思うと、不安になる理由がありません。

そして今、私はもっと幸せになりたいと思っています。
より高次な幸せの段階に進みたいと思っています。
そしてそれを一人でも多くの人と分かち合いたいのです。

幸せな人は周りに思いやりの心を向けることができます。
幸せな人は他人をうらやんだり、他人のものを奪おうとしたりしません。
幸せな人は与え合い、幸せを分かち合うことに喜びを感じます。

そんな幸せな人が増えたら、この世界はもっとよいところになるでしょう。
私たちひとりひとりにできることは小さいかもしれませんが、1人が幸せになることで、世界が今より少し良くなります。
10人が幸せになったらさらに良くなります。
100人が幸せになったら・・・

それが広がることで未来を変えていけると信じています。
まずは私が幸せになること、そしてあなたが幸せになることがはじめの一歩です。
幸せの輪を広げていたい、そんな想いで活動しています。