ただ静かに座る

学び

昔からコツコツ努力することは苦手だった。
飽きっぽくてすぐに目移りする。
ひとつのことをやり続けることができない。

「ああ、これは」というものに出会う。
これだけは絶対に続けよう。絶対に自分のためになる。

でも結局続かない。
そんなことを何度繰り返してきただろう。

でも。
瞑想だけはなぜか続けてこられた。
ゆるゆるとだけど着実に。
そして、それによって人生が大きく変わった。

ただ静かに座る。
それだけのことにどれほどの力があったのだろう。
自分を立て直し、揺るぎない心を鍛える計り知れない力。

瞑想にもさまざまな種類がある。
いろいろ試したけれど、結局原点に戻る。
一番心地いいところに落ち着く。
相性とでもいうのだろうか。
自分にとってやりやすい方法というのがあるようだ。

今日もただ座る。
何のためとか、どんな意味があるとか考えずに。

師匠がよく言っていた。

たとえ今日が人生の最期の日だったとしても
地球が滅亡する前夜だとしても
僕はただ静かに座るだろう
いつものように

しびれた。

先日ご縁があり、臨済宗の住職さんに座禅を指南していただいた。
これまでにも何度か座禅にチャレンジしたことはあったけれど、
ちょっと苦手意識があり続かなかった。

瞑想と座禅の違いはいろいろあるけれど、
私にとって難しいのは半眼。
瞑想は目を閉じる。
座禅は目を開けたまま行う。
半眼といって軽く目を開けた状態。
その状態でじっとしているのが難しい。

でもせっかくご縁をいただいたので、しばらく頑張ってみようと思う。
瞑想とは違う何かがみえてくるかも。

さあ、今日もただ静かに座ろう。